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最近人から人生相談される機会が増えた。。。
あとよく頼まれるのは異性を紹介して欲しいということ。 ワインサロンを主催したりしているので知り合いがたくさんいるように 思われるせいでしょうね。。 自分は人様にエラソーなことを言える立場では決してない。 考えたら挫折だらけの人生だ。。 最初に志した役者の道は5年で頓挫してるし、離婚経験はあるし、 事業だって取引先が倒産して数億の借金を抱えたこともある。 そんな自分でも親身に相談に乗ることで誰かが勇気付けられたり 癒されたりするんだったらそれはそれでステキなことではないかと思う。 昨日から始まったBSハイビジョン特集 「五木寛之 21世紀・仏教への旅」が素晴らしい。 1回目の「ブッダ最期の旅 インド」のなかで五木氏が 仏陀最後の言葉を紹介している。 「もろもろの事象は過ぎ去るものである。 怠ることなく修業を完成なさい」 (「ブッダ最後の旅」中村元訳より) 仏陀が悟りを開いて涅槃に至るまでの45年間説きつづけたのは、 無常を悟ること、修業に精励すること、に尽きる。 沢山の悩みの相談を受けてて、皆にほぼ共通しているのは 自分に自信が持てない、何をしていいのか分からないということだ。 悩める人たちにこの仏陀の遺言を贈りたい。 貴方の悩んでいることは果たして 来年の同時刻まで悩んでいることだろうか? そうでないとしたら今すぐ悩むのは辞めよう。 そうして大好きなこと、やりたいことをとことん追求しよう。 つまるところ幸せになるには特別な才能は必要ではなさそうだ。 ただ自分を活かすことができるもの、楽しめるものを探して それを継続して諦めないこと、常に最善を尽くすこと。。 ![]() 画像は亡き父親が彫った誕生釈迦像。 ごく初期の作品で拙いものだが愛着があり自分のデスクに置いている。 釈迦は生まれると自ら七歩進み、右手で天を、左手で地を指さして 「天上天下、唯我独尊、三界皆苦、我当度之」と唱えたという。 タイガ人気Blogランキングへ |
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祭祀・・祭りゴト大好きなオトコゆえ元旦に初詣は重要な行事。
明治神宮や川崎大師などメジャーどころは興味なし! やっぱ第一に挨拶すべきは氏神さんでしょう! 氏神とは、もともと古代社会において血縁的な関係にあった一族が お祀りした神さま(一族の祖先神あるいは守護神)をいう。 でも中世においては土地の神さま、つまり鎮守(ちんじゅ)の神さまで ある産土神(産土とは生まれた土地という意味で、 その土地を守護してくれる神さま)までが、氏神と混同されるようになった。 いずれにしても自分が生活したり仕事したりして恩恵を受けている わけだからその土地の神様にいの一番に感謝しご挨拶をするのは 当然ではないかと思うわけで。。 全てこの世は縁・えにしで繋がっているので土地も人も縁がなかったら 長続きはしないのだと思う。 縁を繋げたかったらマメにコンタクトとらないとね〜 自分は港区に住み目黒区で仕事をしている。 もしかしたら老後は海外かもしれないけど 日本に居る限りは港区か目黒区で生活していたいと思う。 だから港区と目黒区の神社をハシゴしてご挨拶廻りしています。 大好きなところに住み、大好きなところで仕事ができる自分はなんて ラッキーなんだと思う。。。 (画像は毎年初詣に行ってる目黒の大鳥神社。 他に白金高輪の氷川神社は定例コース!) ![]() タイガ人気Blogランキングへ |
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ソムリエ試験ネタばかりに終始してなかなか他のジャンルについて書く余裕がないですが「易経」ついてもっとしりたいというメールを沢山頂戴していました。そこで易経に関する考察を幾つか。。
易経には興味深い言葉の宝庫ですがその中に道について書かれたものがあります。 「一陰一陽、之を道と謂う」 このシンプルな言葉が易の深遠の意味というか私達を取り巻く大宇宙の法則を明快に表しています。訳せば「陰になったり陽になったりして無限の変化をくりかえすはたらき、それを道という」といったところでしょうか。日本には華道、書道、茶道というように道という言葉が氾濫してます。私達は知らず知らずに易経の言葉を使ってたんですね。 また陰と陽という言葉は聞いたことはあるけど実際なんのことか分からないという人がおおいのではないでしょうか?これをその分野の学者さんは「陰陽相対性原理」というらしいのですがこうなると益々解らない。。 そもそも易という言葉を分解すると「日」と「月」という2字になります。日は陽、月は陰を表しており、これが易の深遠な哲理を明示しています。例えば男性が陽で女性が陰という具合に宇宙の万物は全て陰と陽から成り立っています。 宇宙の万物は陰になったり陽になったりを繰り返しながら何時も変化を続けており、これは人間社会も例外ではありません。これを「変易」といいます。 また一方で変化して止まない宇宙ですが、そこには逆に恒常的な法則があります。例えば一年に春夏秋冬があるとかがそうです。大宇宙の法則はそのまま小宇宙である人間にも当てはまります。 それを説明した言葉として「天地は大きな人体であり、人体は小さな天地である」というのがあります。これを「不易」といいます。中国医学の原点は人間を小さな天地・宇宙に例えたことから始まっておりこれがやがて「中医養生学」を生むわけです。 (この項続く) 人気Blogランキングに参加しています 応援クリックいただけたら幸いです(^-^)♪ |
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天中殺について質問メールあったので簡単に解説しておきます。
生まれた時が何時であっても、誰にでも自分に運のないときがあります。 年では10年ごとに2ヵ年、月では10ヶ月に2ヶ月、日では10日毎に2日間。 一日の中では4時間巡ってきます。時期や時間は個人個人皆違います。 それを日本では空亡、中国では天中殺、フランスではネアン、印度ではネハンといいます。 天中殺時期は新しい事にチャレンジするのは控えましょう。 なぜなら酸素のないところで無理に火を起こすようなものだからです。 冬に種を蒔いても花が咲かないのと一緒です。 自分の天中殺時期を知りたい方は信頼できる専門家に相談してみてください。 タイガは専門家ではないので残念ですがご相談に乗ることができませんのでどうかご了承を。。 人気Blogランキングに参加しています 応援クリックいただけたら幸いです(^-^)♪ |
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易経について書いてから質問メールいくつかいただきました。
その中の質問「自分の運命は変えられるか?」に答える形でもう少し掘り下げていきます。 結論から言えば運命は変えられます。 一般的に運命というと「わたしはこうなる運命だった」とか固定的、機械的に使われることが 多いのでどうしても最初から決まりきったもののように捕らえがちですがこれは全くの誤解です。 そうした変えられないものの範疇は別の言葉があってそれを「宿命」と言います。 タイガは男として生まれた・・これは動かしがたいのでこれが「宿命」。 それに対して「運命」とは読んで字の如くそもそも「動いてやまない」という意味を含んでいます。 人もその運命も自然の一部ですから、皆自然の摂理に従い創造進化していくものです。 私達の人生が決まりきったものだったら何とも味気ないものになってしまいますもの。。。 前回、易とは「変わる」という意味だと言いました。 自然も人生も変転してやまないということを意識することが易をやる上での前提になります。 この「自然も人生も変転してやまない」というのは「不変」の原則です。 そう!だから易のもう一つの意味は「不変」ということです。 不変であり変わるもの・・・この相反する意味を易は内包しています。奥が深いです。 私達が生きている天然自然の中には変わることのない、不変の真理や法則があります。 それを探求し、それに基づいて自身を変転させてゆく、 創造進化させていく指針となるのが易というわけです。 私達には無限の可能性があります。 それを宿命感に捉われずダイナミックに変化させて行きたいじゃないですか! 私達の人生は選択と決断と実行の連続です。 選択に迷った時、易を立てることで自信を持って決断できるようになります。 (この項続く) 人気Blogランキングに参加しています 応援クリックいただけたら幸いです(^-^)♪ |
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易経を習っていると書いたところいろいろご質問や
中には占って欲しいんだけどというメールも頂戴しました。 タイガも勉強中で人様にアドヴァイスすることは到底できませんが 質問に答えながら学んだことの一端を時々連載で紹介していきたいと思います。 そもそも「易・えき」という意味は何かといえばその字が表しているように「易わる・かわる」と言いますようにこれは「変わる」・・変化するという意味です。 世の中のものは全て変化し続けてますよね。停滞することはありません。停滞とは死ぬことです。 易というのは森羅万象、人間やその人生、生命などに関する変化の学問と言えるでしょう。 ですからあなたはこんな運命だ!なんて俗っぽい予言や断定などはありえないわけですね。 易は刻刻と変化する現在の貴方の、わたしのことについて語るだけです。易がもたらすメッセージは極めて抽象的でそれはキーワードのようなものです。 それはそのキーワードを受け取った人間しか解釈できません。 受け取り方は百人居れば百人の解釈があります。ですからそこには断定などありえないのです。 私達は己の未来を予知する感覚受容器を皆備えているのです。 キーワードから判断して次の一手を決めるのは他人ではなく自分自身です。 (この項続く) 人気Blogランキングに参加しています 応援クリックいただけたら幸いです(^-^)♪ |
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昨日は仕事を一時抜け出して新橋で「易経」というものを学んできました。
実は前々から興味がありまして、友人で易を自分で立てられるひとがいて 何か重要な決断をする時とか迷った時に役立てていたというのを聴いていたからなんです。 皆さんは「易経」ご存知ですか??これは単なる占いではなく中国の古典なんです。 中国古典の六経(詩経・書経・礼経・楽経・春秋・易経)の中の第一の書でこれを学ぶことは中国伝統文化の祖を学ぶことでもあるわけです。 友人のアドヴァイスでは「易経」を学んでこそ森羅万象や物事の真の理解ができるそうな・・そりゃあがぜん興味沸きますよね! まあ日本の気学なども易経から派生して生まれたもののようですけど、随分その内容は違うみたいです。やっぱりどうせ学ぶなら本家本元から学ぶほうが近道ですから。 このブログに初めておいでいただいた方は先ず こちらをクリックお願いします。←(人気Blogランキング) ご協力に感謝します! |
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禍福はあざなえる縄のごとし(史記)
史記の言葉だけど悪いことも良いこともより合わされた縄のようにやってくる。 ショッキングなことが起きるとこの言葉を思い出すんだ。 (先日車上荒らしという思いもかけぬ被害にあった。 自分としては思い入れのある車なので結構ショックだったんだよね・・) どんな幸福も永遠に続くものではないし、どんな不幸もいずれは去ってゆく。 嫌なことのあったその日に素敵なお客様との出会いがあった。 ある人によって傷つき、ある人によって癒される。その繰り返し。。。 要は幸福か不幸かというのも、その人の心の状態次第なんだよね。 |
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ネットで中国の四柱推命学のコーナーを持ってる知り合いから
今月5日(芒種)から2ヶ月間、月の天中殺(日本語で空亡)の月に入るからと 注意を受けていたのだけど、いきなり初日に大事件遭遇! ななんと車上荒らしに遭ってしまった。。 それも車を離れた15分ほどの間にである。 その夜はサロンに大事なお客様を迎えてのPARTYがあるのに 警察に被害届けを出したりと嵐のように忙しい日になった。 人気Blogランキングに参加しています 応援クリックしていただけましたら幸いです(^-^)♪ |
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ジュエリーのオフィスでは早朝からメーカーやバイヤーの方達が訪れる。
来社される方達が一様にビックリするのが大きな神棚。 ![]() 私のイメージと全然繋がらないらしいね。 神も仏も信じないように見えるみたい。 だけどみんな正月になれば初詣行くのになんでビックリするのかな?? お参りしてお札を納めるところが必要だもんね。。 ちなみにこの神棚を備えるにあたっては目黒で最も歴史のある 大鳥神社の宮司さんをお呼びして御霊入れの儀式もちゃんとやりました! その辺ビジネスやる者として基本は抑えているつもり・・。 人気Blogランキングに参加しています 応援クリックしていただけましたら幸いです(^-^)♪ |
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